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終身雇用と信頼関係
kei-zu様の記事経由で、《元課長弁護人「妥当な判断」 飲酒運転で懲戒免取り消し確定 加西市長「世間感覚とズレ」》から(2009年9月26日 読売新聞)

 飲酒運転で懲戒免職になった加西市の元課長による処分取り消し訴訟で、最高裁が市の上告を棄却したことが報道されています。この事件の詳細については不知であるので、コメントすることはできませんが、新聞等の記事から両者のコメントを見てみたいと思います。

原告側のコメント
「酒気帯び運転への厳正な処分は必要だが、事案を考慮し、適切に処分することが必要」
「元課長は38年間まじめに勤めてきた。日常的に飲酒運転をしておらず、人身事故もなかった。すぐに免職とするのは、罪と罰の均衡を無視した過酷な処分」

市側のコメント
「全国の自治体運営に大きな影響を及ぼす重大なテーマと判断し、争ってきた」
「飲酒運転の撲滅に国を挙げて取り組む中、時代の要請や世間の感覚からズレた決定と受け止めている」

どちらの主張にも納得できるものがあります。

 裁判においては、双方様々な論点に関して議論を尽くしたのでしょうが、私は次の点に関してどのような主張が展開されたのか関心があります。
 それは、弁護士の丸尾拓養氏がNikkei.net「Biz Plus」の連載で述べておられる「長期雇用システムの基礎には信頼関係がある」という点です(「労働契約における信頼関係の重要性」2009/07/15)。私は、この信頼関係が崩れた場合には、もはや雇用契約は継続できないと考えます。なぜなら、職員が職員として不適格な言動を繰り返したりして、職員に対する組織の信頼を傷つけた場合、一緒に働く他の職員にも影響を及ぼし、間違いなく公務能率が低下するからです。これは分限事由になります。また、信頼関係の崩壊が当該職員の違法行為によるものならば、これは懲戒事由になります。

 長期雇用制度にアグラをかくことは許されません。親子の間柄ならば、信頼関係が崩れるようなことが起きても、なお家族関係を継続することが可能でしょうし、しなければならないでしょう。しかし、組織は、個人にとって生活の糧を得て社会生活を営む場であり、また、自己実現の場でもあります。そして、組織には目的があり、こうした個人の組織に対する要請は、当該組織の目的の要請の範囲内で認められるものだからです。組織の要請に応えられない場合のため、個人には職業選択の自由が与えられています。

 市側のコメントにあるように、飲酒運転の撲滅に国を挙げて取り組む中、時代の要請や世間の感覚を認識しつつ、職員が飲酒運転をした、という事実は、市民の行政に対する信用を著しく失墜させたのは想像に難くありません。また、職員の非違行為がその職員に対して組織が寄せる信頼に、どれほど深い傷を刻んだかを考えてみることも必要でしょう。
 意味のない仮定かもしれませんが、本件に裁判員制度が適用されたとしたなら、結果はどうなるでしょうか。
 なお、言うまでもなく、市役所も組織として、職員にとって信頼できる存在であるべきです。

(参考)
 拙エントリーは、労務管理の面からの考察ですが、本件に関する自治体法務担当者の目から見た考察は、hoti-ak様の「飲酒運転に係る懲戒免職処分を取り消す判例について」を参考にしてください。また、本件とは関係ありませんが、労使関係における信頼関係について研究したものに有田謙司氏の「イギリス雇用契約法における信頼関係維持義務の展開と雇用契約観」(PDF)があります。
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My Policy Perspective
 今日(9/25)は、夏季休暇を頂き、午前中に健康診断を受け、その後、とある方のお話を伺う場へ足を伸ばした。その方も私と同じサービス業の方ではあるが、公務員ではなく他業種の方で、またその提供するサービスの質の高さには定評のある、業界の有名人であった。

 今日は、短い時間ではあったが、幸運にもその方の「おもてなし」とでも言おうか、徹底したサービス精神やその提供する「サービス」の価値に対する考え方を伺う機会を得て、その徹底ぶりに深く感銘を受けた。正にプロであり、顧客主義とは、こういうことを言うのであろうと思った。
 例えば、料理をサービスとして提供するレストランでは、メニューの各料理には価格相応の価値がなければならない。レストランの場合、食べ物そのもののおいしさだけではなく、お皿やフォークといったハードから、そのほか調度品や内装が醸し出す店の雰囲気、ウェイター&ウェイトレスの接客態度、言葉遣いといったソフトまでもが、サービスの価値を決める構成要素である。サービスの価値を測る際には、こうしたさまざまなサービスの構成要素を厳しく検証する。そして、具体的にどういう視点からこれらを検証するかと言うと、これは徹底してお客様の立場からなのである。

 私も、仕事をするに当たっては、いつも「もし自分がこの場合、市民だったら」と考えながら物事を見て、判断して進めてきたつもりであった。しかし、今日その方のお話を伺って、気が付いてみると、私の視点もいつの間にか、顧客である市民の視点から外れて、市役所という「組織」のそれになってしまっていたのではないかと情けなく感じた。
 
 では、自分の視点が顧客主義から離れた理由はなぜだろうか、と考えてみる。
 これは、まず物事がうまく行かなかった場合の責任の所在ばかりを考え、うまく行かなかった原因を追究しようという姿勢に欠けていたからではないかと思う。その結果、何かをやるための理由ややるべき必要性を考えるよりも先に、それが何であれ、まずはやらないことを前提にしたり、できない理由を考えたりする癖がついていたのではないだろうか・・・
 その結果、求められるものを求められるような形で提案できなくなっているのではないだろうか。
庁内分権と組織設計 2
 庁内分権は、組織設計の面において、意思決定の速さとその質の高さを求めたものだといえます。
 しかし、経営学の歴史を読んでいると、役所で言われている庁内分権は、非常に古い問題の延長ではないか、と思うことがあります。つまり、役所では、一般的に管理部門と事業部門が分離して、時として対立関係にあります。このような関係は古くは、フレデリック・テイラー科学的管理法が招いた弊害だとして批判がされました。テイラーの理論は20世紀初頭の話です。それがまだ役所組織では解決されていない、というのは不思議な話です。

 さて、管理部門と事業部門の分離により、意思決定を管理部門が行うことの弊害が指摘されます。具体的には、先に挙げた「意思決定の速さとその質の高さ」の逆で「意思決定の遅さとその質の低さ」です。庁内分権が言われるとき、こうした合理的な理由のほか、事業部門の職員のモチベーションの低下にも配慮されているのではないか、という感触があります。

 確かに、働く職員は機械ではなく、血の通った人間です。効率ばかりを考えても納得のいかないこともあるものです。牧瀬稔氏の指摘「分権の前に集権」は、このようなヒューマニズムで組織設計をすると失敗する、ということではないかと考えています。その組織に見合った人材が育成されていないと、理想の組織をデザインしても機能しない。組織設計の理想形はさまざまであり、構成員である職員の資質も組織デザインをする際に配慮すべき要素である、ということです。他の組織のベストプラクティスの真似は競争優位を与えないために採られる戦術ですが、同一の施策が他の組織で同じ効果を生むとは限りません。(コンティンジェンシー理論)牧瀬氏の見解は、組織設計を人事の面から見ると、分権化を行う場合には、権限を行使する人材が下位の職員層にいるのかということと、その職員が権限に伴う責任を負う用意があるかという見極めが重要だということです。

 今後、職員の高齢化が進む結果、勤務年数が長く、経験豊富な職員層が増えることになります。そうした職員層が厚く構成される場合には、管理者の負担は減ると仮定すれば、フラットな組織は、将来的に有用な組織デザインである可能性があります。ピラミッド型で上意下達式の組織でポストに就けないよりも、ベテラン職員にとってフラット組織での分権は、モチベーションの維持がしやすいといえるかもしれません。

 思えば、学生時代、クラブでいろいろな活動に取り組み、また学生寮で共同生活を送る上では、分業と調整というルールがありました。そのルールは、問題が起こったり、誰かの発想があったことをキッカケにみんなで話し合い、時にはチョットずつ、時には抜本的に修正を加えたものでした。学生時代の生活は、イベントがあるたびに話し合いを行い、目標やルールを決め、そして、そのルールの修正を行う繰り返しでした。このような話し合いをするときは、責任追求よりも原因追求にみんなのベクトルが向いていたのを思い出します。あの時代、みんなのベクトルを一定方向に向けさせた力は一体なんだったのでしょうか。

(参考)
野中郁次郎「私と経営学-コンティンジェンシー理論」(PDF)

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庁内分権と組織設計
 私の専門である人事からは少し外れますが、「組織設計」について考えてみました。
市役所は行政サービスを提供するための「組織」です。この組織をどのように組み立てたら、限られた人的資源や予算を効率的に活用できるか、という問題意識があるからです。

 一人でできることには限界がありますから人は組織で仕事をします。したがって、まず行政サービスを分業することから組織設計が始まると考えて良いでしょう。分業するとはいえ、本来は行政という一つの仕事であることを考えれば、当然、分業された役割分担間の調整や情報伝達の流れを決める必要があります。また、組織の中で働く人たちの仕事の進め方のルールを決めておく必要があります。以上のうち、最後に指摘した仕事の進め方のルールは、処務規程等により詳細が決められています。本市は5市町村の対等合併によりできたものなので、このルールの調整には手間取るかと思っていましたが、役所間で大した違いはなかったようです。

 分業については、本市の場合、まず「部」が最大規模の単位で、次いで「課」、そして「係」となっています。「課」に準じた単位として「室」があります。室は、課の中にあり、将来的に事業が本格化した場合に独立した課となります。また、課とは独立した室というのもありますが、この位置づけは不明確です。出納室のように、市長部局から独立した組織が室の名で呼ばれた名残のような感じもします。
 組織設計は、こうした分業単位の段階分けと各単位の役割分担、そして分業単位の調整機能の設計と言えるでしょう。

 庁内分権が盛んに言われ、予算編成や人事権について「部局別枠配分」を行う自治体が多いようです。予算権や人事権を持った管理部門は「現場(市民の求めるもの)を知らない」ということで、こうした権限委譲が行われてきました。しかし、各部局の予算や人事をやりくりするために各部局に置かれた「総務課」の職員は、従来の人事課や財政課の職員と同じように部局内の職員に嫌われる存在となった、という笑うに笑えない結果になっているところもあるそうです。

 予算について枠配分を行った自治体では、「最初に配当される枠自体が小さ過ぎる」という批判が各部局から出されたそうです。このような発想では、従来の予算配分方法と何ら変わりはありません。また、人事に関して庁内分権を進めたところでは、優秀な人材の部局内への囲い込みが起こり、他部局から非難の声が上がるものの、部局同士の間では調整ができず、結局、どの部局でも欲しいと言われる優秀な人材の各部局への配分は、人事課が強制的に行う必要が生じ、人事課は分権後も従来どおり批判されていると言います。これも笑うに笑えません。

 現状に対する批判は常にあるものです。改革をしたらしたで批判は絶えません。では、組織設計は、どのようなスタンスに立って行えば良いのでしょうか。
 時津薫氏は、次のように言っています。
私たちが機能する組織を設計する際に、最も留意しなければならないのは、理想的な組織を設計することではなく、働く人が業績をあげ組織の目的を達成することができるようにすることです。各種の活動を位置づけ各種の関係を秩序づける組織構造が健全であるかどうかの判断基準は、そこで働く人が業績をあげているかどうかです。組織は、たんに目的達成のための手段にすぎません。
 財政状況が厳しくなり、職員数が削減されていく中、限りある経営資源を最大限に活用するためには、組織設計も重要な経営課題であることが分かります。

 また、牧瀬稔氏は、「庁内分権・・・その前に集権だろ」の中で次のようにおっしゃっています。
庁内分権しても、その分けられた権能・権限をいかすことができる人材がいないことには、何も変化が起きないからです。
 たとえ、理想的な組織をデザインしたとしても、その組織の中で機能する人材がいなければ、理想のデザインも絵に描いた餅、ということです。

 どの部長も課長も人事や予算に関心があります。予算があれば、やりたい仕事がやりたいようにやれます。部下がたくさんいれば、部下たちも楽に仕事ができて、上司は仕事が大変だと部下から文句を言うことも少ないでしょう。また、優秀な人材がたくさんいれば、仕事を任せても危なっかしいところがなく、議会での説明にも万全の態勢で臨めるからです。
 しかし、人と金が潤沢にあれば、誰でも良い仕事ができます。限られた資源の中で市民から求められる高度かつ専門的なサービスをいかに提供するかが経営です。部長職が首長と一体となり、経営層を構成する由です。

 部局に経営責任を負わせ、人事課や財政課などはその支援を行うという形式の組織編制とした自治体に佐賀県があります。事業部局は「○○本部」と呼ばれ、当該分野の行政経営に責任を負います。そして、人事課や財政課は「経営支援本部」に属する、という構造になっており、各部の中でも経営支援本部は、行政組織規則上の最下位にあります。これは、事業部制のような考え方による組織設計といえます。県レベルの大組織ならば、こうした組織編制も可能でしょうが、組織規模の小さなところでは非効率を招くでしょう。

(参考)
ガルブレイス「組織設計のマネジメント―競争優位の組織づくり 」(生産性出版)
管理会計のナカミ「事業部制とカンパニー制」(2009/2/24)
ドラッカー学会ブログ「事業活動を組織化する-その9-組織設計の原則とアプローチ」(2008/09/30)
ドラッカー「マネジメント〈下〉―課題・責任・実践」(ダイヤモンド社)
チャンドラー「組織は戦略に従う」(ダイヤモンド社)
<新型インフル>自宅待機者に賃金支給
<新型インフル>自宅待機者に賃金支給する企業は3割
9月9日19時15分配信 毎日新聞
 新型インフルエンザに感染した従業員を自宅待機にした場合、通常通り賃金を支払う企業は約3割であることが、民間調査機関の労務行政研究所(矢田敏雄理事長)が9日公表した企業へのアンケート結果で分かった。

 新型インフルエンザ対策について、同研究所に登録している民間企業4263社にアンケートを実施、360社から回答があった。感染した従業員に自宅待機を命じた際の賃金は、「通常通り支払う」が33.1%でトップ、次いで「未定」(27.2%)、「賃金、休業手当は支払わない」(22.2%)、「休業手当のみ支払う」(8.6%)などだった。同研究所によると、企業が賃金を支払う法的義務はないという。

 一方、家族の感染で自宅待機を命じた場合は、「通常通り支払う」が43.5%、「支払わない」が16.7%と賃金を支払うケースが多かった。同研究所は「自ら感染した場合は自己責任だが、家族の場合は感染を拡大させないために待機をお願いするということから違いが出たのではないか」と分析している。

 また、感染予防の備品の備蓄については、マスク99.6%、消毒用アルコール84.8%などだった。タミフルなどインフルエンザ治療薬を備蓄している企業は全体で12%、大企業では12%だった。【東海林智】
プロフィール

きんた

Author:きんた
Yahooブログ「ある地方公務員の隠れ家」(since 2007/2/24)から移転しました。

【自己紹介】
・1964年 静岡県浜松市生まれ

【趣旨】
まちづくりと公共政策について考えます。
本ブログは私的なものであり、私の所属する組織の見解を反映するものではありません。

【論文等】
政策空間 2007年10月
複線型人事は新たなモチベーション創出への挑戦
政策空間 2009年2月
資源ベース理論による自治体人事戦略の構築

【連絡先】
下のメールフォームからお願いします。

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