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成果主義から自律性へ
 以前、拙ブログのエントリー「職能給と能力主義の皮肉」で、職能制が年功的運用をされて来たことの皮肉について述べました。この運用は行政に限らず、民間でも同じでした。
 社会の高齢化に伴い、社員も高齢化します。その結果、勤続年数とともに上昇してきた累積的な賃金が企業経営を圧迫していきました。そこで民間企業で人件費抑制策として採用されたのが、能力主義とか成果主義とか呼ばれた人事施策でした。
 勤続年数に応じて、それ相応の「能力」が身について行く、という前提で定期昇給は行われています。また、結婚、子育て、子供の教育などの社員のライフサイクルにおける出費を勘案したものにもなっています。こうした賃金制度は、終身雇用制の当然の結果と言えるかもしれません。
 組織の高齢化が進む前は、それでもうまく行きました。なぜなら、まだ社会的にも景気の良い時期であり、また、組織の中でも、一般的に勤続年数とともに向上するとされる「能力」は、「ポスト」に就くことにより、給与相応の役割を担っていると認められる形を取れたからです。社員の高齢化とともにポストが不足し、会社は年齢相応のポストを用意できなくなってきました。その結果、「昇格」して給与の格付けは上がれど、ポストには就かない、言い換えれば、「昇任」されない職員も出てきました。20年前には、「課長補佐」という職は片手で数える程度しかありませんでしたが、いつのまにかほとんどの課に「課長補佐」がいる上に、「主幹」という「補佐級」の補職が誕生したりしました。

 能力が実証されて昇格するのであれば、ポスト職でない主幹という職の存在にも意味があるでしょう。そういう時代がしばらく続きましたが、組織の考え方は、その懐事情の厳しさが増すとともに、ドライなものに変化して来ました。つまり、たとえ勤続による職務能力の向上があっても、その能力が組織的に発揮されなければ意味がない、という考え方です。例えば、係長はポスト職ですが、主査というのは、係長と同じ格付けで部下を持たないスタッフ職です。係長のようなポストに就く者は、組織からその役割(ポスト)を与えられていますが、主査は係長と同じ給料でも、組織的に果たしている役割は、それより格下のスタッフ職と同じである、という不合理です。
 それでも、一昔前は、主査が係長をサポートし、その一方で部下育成を行う、という役割を果たせていた時代でした。今は、育成する部下もいない主査ばかりの係があったり、係長もスタッフ化して自分の担当業務に忙殺され、部下の仕事の進捗管理もままならない、という状況の部門もあるようです。
 成果主義は、民間において、こうしたスタッフ職の仕事を組織の利益につながる方向に向かわせ、それに沿わない者の人件費を下げることで給与費の抑制を図る方針の理論的根拠になりました。しかし、実際には、民間でも具体的な指標により成果を図ることはできず、「仕事量」の多寡が「成果」に堕しました。バブル期や景気の良い時期には、それでも民間に仕事があましたから、成果主義が運用ができました。景気が落ち込むと、儲かる仕事自体が縮小していきますから、こうした成果主義は機能しなくなってきたわけです。

 そして、企業経営のトレンドは、成果主義から自律的な社員へと変遷して行きます。
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プロフィール

きんた

Author:きんた
Yahooブログ「ある地方公務員の隠れ家」(since 2007/2/24)から移転しました。

【自己紹介】
・1964年 静岡県浜松市生まれ

【趣旨】
まちづくりと公共政策について考えます。
本ブログは私的なものであり、私の所属する組織の見解を反映するものではありません。

【論文等】
政策空間 2007年10月
複線型人事は新たなモチベーション創出への挑戦
政策空間 2009年2月
資源ベース理論による自治体人事戦略の構築

【連絡先】
下のメールフォームからお願いします。

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