8年目のため息
2010-12-28(Tue)
今年は、職員課で8年目。人事係長として3年目であった。
人事担当としてはベテラン。
係長としては駆け出しといったところか。
65歳定年になった場合、私はあと20年近く働くことになる。
しかし、組織的に見た場合、市職員の年齢構成カーブは異様な形をしている。
自分がこのカーブのここの部分を占める一人なのかと考えると、自分の役割はどうあるべきか、ということについて、一職員として、また職責上も楽観的には展望できない大きな課題がある。
係長になってからのこの3年。ブログの更新頻度も年々落ちて来た。これは、同じ課にいながら自分の役割が変わってきたことの表れであろう。
ブログの記事にしたいことも、実務的なことよりも「観念論」的なものになりがちであり、そう気づく度に筆を止め、一考して筆を収めてしまうことが多々あった。
その反面、ブログには書かないが、外で話をする機会が増えた。
毎日、検討と内部調整の必要という塵が積もり、それが結構早い時間で山となってしまう。その中でいつか雪崩にならないかと優先順位を付けて一つひとつ、時にはまとめて対応していく。
組織が目的達成のために機能していると、またその目標が高ければ高いほど、内外との調整が必要となる事項も増え、また調整をしないことによる摩擦が大きくなる。
年々困難になって行くこの業務は、磐田市がより高い目標へ向かっている証ではないかと思う。
思えば、職員課へ来た年に小学生になった娘が、今はもう中学2年である。
職員課の4月は忙しい。娘の入学式に行かれなかったことを悔しく思ったのが、昨日のことのように思い出される。
それも8年前とはずいぶん昔のこととも思えるが、実際、私にとっては一寸光陰のごとしで、その間に子どもたちは大きく成長していた。子どもの成長を見て、その長さに気づくようなものである。
プライベートでは、悪いことばかりではない。
夏にはイギリス、今月上旬には名古屋のクラブクアトロで行われたオリアンティのライブへ行き、また20~30年ぶりに中学や大学時代の友達と再会したり、楽しい思い出もあった。
また、乗り物の苦手な私が、ETCを購入して高速道路を走れるようになったのは大きな進歩である。娘を連れて名古屋まで車で買い物に出かけた。
こうして娘と買い物に出かけ、娘の欲しいものを買ってやるのが私のこうした8年間に対する反省であり、やりがいを感じられるpenanceでもある。
人事担当としてはベテラン。
係長としては駆け出しといったところか。
65歳定年になった場合、私はあと20年近く働くことになる。
しかし、組織的に見た場合、市職員の年齢構成カーブは異様な形をしている。
自分がこのカーブのここの部分を占める一人なのかと考えると、自分の役割はどうあるべきか、ということについて、一職員として、また職責上も楽観的には展望できない大きな課題がある。
係長になってからのこの3年。ブログの更新頻度も年々落ちて来た。これは、同じ課にいながら自分の役割が変わってきたことの表れであろう。
ブログの記事にしたいことも、実務的なことよりも「観念論」的なものになりがちであり、そう気づく度に筆を止め、一考して筆を収めてしまうことが多々あった。
その反面、ブログには書かないが、外で話をする機会が増えた。
毎日、検討と内部調整の必要という塵が積もり、それが結構早い時間で山となってしまう。その中でいつか雪崩にならないかと優先順位を付けて一つひとつ、時にはまとめて対応していく。
組織が目的達成のために機能していると、またその目標が高ければ高いほど、内外との調整が必要となる事項も増え、また調整をしないことによる摩擦が大きくなる。
年々困難になって行くこの業務は、磐田市がより高い目標へ向かっている証ではないかと思う。
思えば、職員課へ来た年に小学生になった娘が、今はもう中学2年である。
職員課の4月は忙しい。娘の入学式に行かれなかったことを悔しく思ったのが、昨日のことのように思い出される。
それも8年前とはずいぶん昔のこととも思えるが、実際、私にとっては一寸光陰のごとしで、その間に子どもたちは大きく成長していた。子どもの成長を見て、その長さに気づくようなものである。
プライベートでは、悪いことばかりではない。
夏にはイギリス、今月上旬には名古屋のクラブクアトロで行われたオリアンティのライブへ行き、また20~30年ぶりに中学や大学時代の友達と再会したり、楽しい思い出もあった。
また、乗り物の苦手な私が、ETCを購入して高速道路を走れるようになったのは大きな進歩である。娘を連れて名古屋まで車で買い物に出かけた。
こうして娘と買い物に出かけ、娘の欲しいものを買ってやるのが私のこうした8年間に対する反省であり、やりがいを感じられるpenanceでもある。
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